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2020/10/16 |  社員ブログ

土地・まちなみ観察における「久宝寺」の地名の由来調査と散策

豊和開発株式会社の桒田(クワタ)と申します。
私は、八尾市にある「久宝寺」という地域の出身なのですが、私が勤めている勤務先(豊和開発株式会社)の近くにも同じく「久宝寺」という地名があります。
こちらは大阪市中央区北久宝寺町と南久宝寺町なのですが、地元と同じ地名の由来は何なのかが気になり、また地元の地名の由来もあまり詳しくは知らなかったので、大阪市久宝寺と八尾市久宝寺について、名前の由来を調べました。
その際に、「久宝寺」の土地・まちなみの様子にも触れる為、大阪市と八尾市の「久宝寺」を散策してきましたので、調べて分かった事と併せて、その感想も綴っていきたいと思います。

- 目次 -
CONTENTS

1.大阪市中央区北久宝寺町について

先ずは大阪市中央区にある北久宝寺町がどんな町なのかを紹介していきます。
北久宝寺町は東西に1~4丁目まであり、豊和開発株式会社がある大阪市西区立売堀の東側にある阪神高速1号環状線を挟んで隣接するエリアです。
東に進んでいけば、御堂筋、堺筋という順に出てきます。
最近では、北久宝寺町1丁目の堺筋沿いに、株式会社近鉄・都ホテルズの「都シティ大阪本町」(308室)ができ、大阪メトロ「堺筋本町駅」から南に徒歩3分という立地で利便性があります。
下から見上げると、結構高い建物で、これは私の想像ですが、高層の部屋に宿泊できれば、大阪の中心から市内が良く見え、気持ちよく景色を堪能できそうな雰囲気ですので、ぜひ一度利用して確かめてみたいものです。

2.大阪市中央区南久宝寺町について

続いて、大阪市中央区南久宝寺町について紹介していきます。
南久宝寺町の個人的な印象としては、「ザ・屋根付き商店街」です。
1~3丁目まではアーケードが設置されているのですが、大阪では有数の問屋街との事で、歴史としては江戸時代に小間物問屋が集まり、戦後は服飾雑貨(傘・靴・鞄・袋物など)や衣料品を中心に扱う現金問屋街となったとの事。
以前はよく「萬栄」という総合問屋に訪れており、様々な商品を見ていると、1日があっという間に過ぎてしまいます。
また、飲食店も結構あり、焼き肉屋や寿司屋などは値段が高そうですが、リーズナブルなランチメニューもあるようで、とても美味しそうです。
穴場のようなお店もあり、歩きながら店前のメニューを見てるだけでも楽しさがあります。
ちなみに豊和開発株式会社の目の前の道(南側)は、ずっと東に向かうと、南久宝寺町のアーケードへと続く道となっています。

3.大阪市中央区北久宝寺町と南久宝寺町の地名の由来

では、本題である久宝寺という地名の由来については、一つは、昔この周辺に「久宝寺」という寺院があったことに由来する説、もう一つは、河内国渋川郡久宝寺村(顕証寺の寺内町)の人々が多く移り住んだことに由来する説の2つがあるとの事です。
今となっては、周辺土地に「久宝寺」という寺院があったかは分からず、散策をする中でもその痕跡を見つける事は出来ませんでした。

4.八尾市久宝寺について

続いて、八尾市にある久宝寺について紹介していきます。
八尾市で有名なのは、河内音頭だと思います。
最近では一斉に河内音頭を踊る人数で、ギネス認定を受けており、その河内音頭発祥の寺もあります。
八尾市は、旧分国では河内国で、先ほど大阪市中央区北久宝寺町・南久宝寺町の地名の由来の際に、少し出てきましたが、河内国渋川郡久宝寺村(顕証寺の寺内町)の人々というのは、八尾市久宝寺にある顕証寺を中心として出来た寺内町の人々の事です。
久宝寺寺内町は、蓮如上人が建てた西証寺に始まり、その後、顕証寺と改め、1541年頃にこの御坊を中心として出来た町です。
歴史的価値で言えば、450年以上の歴史がある寺内町のまちなみの歴史的な雰囲気や景観、碁盤の目状の道路網などが有名です。
個人的な感想としては、毎日の通勤時に見るいつもの光景ですが、趣はあります。
高齢者が増えており、普段から静かな印象の為、夜は物寂しさも感じますが、寺や神社に加えて、お地蔵さんもかなり点在しておりますので、まちなみ散策は、見ていて飽きないです。

5.八尾市久宝寺の地名の由来

地名の由来については、この地域の氏神として古くからある許麻神社の境内に、聖徳太子が建てた久宝寺観音院があったことが久宝寺の地名の始まりであると伝えられており、その後、河内国渋川郡久宝寺村と呼ばれるようになったとの事。
私の初耳情報としては、渋川郡の土地一帯が橘島とも呼ばれていたみたいなのですが、20年以上住んでいる地元民でも、全く知らず、感心しました。
地元民のエピソードとしては、許麻神社は“コマジンジャ”と呼び、私の家から徒歩10分弱のところにあり、夏になれば祭りで夜店が並び、年越しの際の初詣先として訪れる為、友人との久しぶりの再会の場になる事も多く、地元では馴染み深い神社です。
ちなみに、許麻神社から徒歩3分ほどのところに顕証寺があるのですが、顕証寺では年越しの際に、先着順で湯豆腐を配っており、それを目当てに来る人も多く、地元民の楽しみの一つにもなっています。
最近では、様々な催しが行われており、顕証寺での婚活イベントなどもあるようです。

6.まとめと感想

今回、調べて分かった事は、大阪市中央区の「久宝寺」は、説の一つとしては、私の地元の八尾市「久宝寺」が由来となっている可能性があるという事で、私の地元の方が、大阪の中心地よりも歴史が古く、礎になっている可能性があるのだと考えると、自身の出身地に対して、改めて誇りを感じ、地元愛を再認識します。
また、改めて地元の事について調べ直すと面白い発見があるものだと感じました。
私の仕事の中には、土地を探し、調査を行う業務がある為、今回の散策における町の観察、調査は色々と勉強になりました。
この記事を読んで頂いた方に、記事の内容を通して、「土地・まちなみを観る」という事の面白さが伝われば幸いです。
ここまで、お付き合い頂きまして、有難う御座いました。