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2026/05/29 |  社員ブログ

「建築設計者」

皆様、いつも有難うご ざいます。 私は豊和開発株式会社の香川清和と申します。入職して6月で丁度、1年となりますが、このコラムは今回で3回目の投稿となりますので、よろしくお願い申し上げます。
今回は、建築設計者の立場で40数年間に及ぶ業務を経験してきた私ですが、社会人になって懐かしい新入社員の頃を振り返り、回顧録として、今の若い方々にとって、わずかでも参考になれば幸甚だと思って執筆しました。当時の製図版による鉛筆書きの職場環境と現在のパソコン操作による作図の職場環境はまったく違いますが、人としての感動や人間同士の思いやりなどの人間の本質に起因する場面の感性などは変わっていないと思います。

- 目次 -
CONTENTS

1.「社会人」

私の父親は大工で、子供のころから父親に職場である建築現場に連れていかれて、そこで遊んだり、時には荷物運びなど父親の手伝いをしていたのですが、学生から社会人となって京都の建築設計事務所に入社した時に、同期の同僚の中では建築現場のことを少し知っていたことが私にとっては、ラッキーで嬉しかったです。入社したばかりの時は、朝は毎日、事務所の掃除をしていました。特にトイレの掃除はトイレの空間を体感し、設計に活かすことを目的としていました。初めて担当した設計業務の物件は、京都にある学校法人の大学で、キャンパスの将来構想の企画立案業務でした。その時は図面作成よりも将来のキャンパス像の模型づくりに時間をかけていました。その後、当該物件が、企画業務から設計監理業務へ移管し、二ヶ所のキャンパスを設計する業務を担当しました。当時は、まだ右も左もわからない若造でしたので、所内の先輩たちからの支援を受けて体当たりに突進していた記憶があります。これが私の社会人としてのスタートした時の記憶です。

2.「建築設計事務所」

私が社会人となり、初めて入社した建築設計事務所は、京都では大きい事務所で構造設計担当者と設備設計担当者と確認申請などの行政担当者とチームを組んで業務を遂行していました。当時は、トレーシングペーパーに鉛筆で線を描いていましたので、トレーシングペーパーは水気に弱いために、肘を上げて線を書き、腕の汗がつかないように作図していたために体力が必要な態勢での業務がしんどかった思い出があります。また、製図版の上にはドリンク類を持ち込むことは、厳禁でした。また、しゃべることも、唾が飛ぶとのことで禁止でした。当時、建築設計事務所とは、こういうものなんだと思っていました。今のパソコン操作による作図技法の環境とは大きく違っています。

3.「人との出会い」

社会人になって初めての設計物件に関する思い出があります。この京都の大学の校舎新築工事の設計を担当しているときに経験したことなのですが、今でも強い印象として脳裏に残っている人との出会いがあります。設計している講堂(礼拝堂)の正面に故平山郁夫画伯の「祇園精舎」の陶板画を飾ることとなり、故平山先生と一緒に陶板画を作成している滋賀県の信楽工場に行き、そこで先生が原画を見ながら、陶板画の色彩や線などの細かいチェックをされている姿を、横でじっと拝見できました。故平山先生は、有名な画伯であり、傍にいるだけで貫禄と申しますか迫力を感じるすごい雰囲気をお持ちの方だなと印象が残っています。私たちのような建築設計者とは違い、故平山先生は絵画の芸術家であり、圧倒するようなインパクトを人に訴えて人に大きな感動を与える作品を描かれる方でおられます。そして、作品から感じられる印象は、故平山先生の人間性としての個性から生まれているのだなと感じた時でした。このことは、まだ若い私にとっては、強烈な印象を深く心の底に刻み込まれました。

4.「感謝」

これが私のこれまでの建築設計業務における経験の中で初期に担当した物件の思い出話です。学生から社会人になり、いろいろな方と会う機会が一挙に増えたことで、世の中には、すごい方が多く居てみんな個別にすごい人生を歩んでおられているのだなと実感した時の経験談となります。そして、学生時代と違い、資本主義社会のなかで企業戦士として会社のために働く社会人としての自覚を持ち、会社のためであり、それが世の中のために働いている社会人としての責任と義務であると教えられました。会社員は、会社の利益向上のために、日々、頑張っていますが、会社の利益向上を目指すことは当然なのですが、建築設計事務所は同時にデザイン創作活動としての役割も求められています。会社の利益向上の業務から離反する行為をしてはいけませんが、会社の利益向上とデザイン創作活動が、互いに相乗効果の役目を果たすように行動しなければならないと強く教えられました。このように、いろいろな人と出会い、いろいろな経験ができたことは、私は幸せな人生であるとともに、最後に、この世に生んでくれた両親には、深く感謝を申し上げます。生前は生意気なわがまま息子であったことを深く反省し、今では涙が止まらい思いです。それから、今の職場での人間関係にも深く感謝しています。ようやく入職して1年になりますが、会社のルールをまだ認識していなくて、皆さんにいろいろと迷惑をかけているにかかわらず、常に温かく支援して頂いていることにとても有難く思います。とっても光栄です。これからも、我が社のために頑張りますので、何卒、よろしくお願い申し上げます。